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ANTHROPOLOGIE(アンソロポロジー)事件

ANTHROPOLOGIE(アンソロポロジー)事件⑦

 判決は、あっけない程素直に、審決と逆に、いずれの要件も充足していることを認め、原告の請求を認容するものでした。

(週知性について)
 「上記事実、ことに本件各米国商標を使用した店舗の数、カタログの頒布部数、ウェブサイトの開設状況及びその利用状況等の事実関係によれば、本件商標の登録出願がなされた・・・時点において、本件各米国商標は少なくとも米国において女性用被服及びハンドバッグ等の需要者の間に広く認識されていた商標であると認めることができる。よって、・・・審決の判断は誤りである。」

(不正の目的について)
 「被告の応訴態度その他本件において認められる上記各事情を総合すると、被告は、本件商標が米国における周知商標である本件各米国商標と類似することを知りながら、本件商標を自ら使用することによって不当な利益を得るため本件商標の登録出願をしたものと推認するのが相当であり、被告は本件商標を使用するにつき、不正の目的を有していたというべきであるから、これと異なる審決の判断には誤りがある。」

 審決の判断が不当・不合理であることを具体的に手厳しく批判してもらいたかったところではありますが、原告の上記主張が全て採用され、それが判決の実質的理由を構成しているものと解釈して、せめてもの慰めとします。
 上記したとおり、B社が権利放棄までするについては、そうすれば審判費用を免れることができるとアドバイスする“専門家”が存在したものと推測されます。
 確かに、普通はそう考えるでしょうし、それで一件落着となるのが通常でありましょう。
 しかし、不正登録した上に、そんな不正行為がまかり通ってよいはずはありません。法(商標法46条2項)は、それを阻止するための道を用意してくれていました。
 ところが、審決は、何ら答弁もせず、権利を放棄して敵前逃亡を図った者を敢えて保護したのです。
 審決が、敢えて、到底無理な認定、判断を行う「必要性」があったとすれば、それは、上記のとおり、原告が、審判官による取下げの要請を拒否し、あくまでも審決を下すべきことを主張したことに対する報復・見せしめ以外の何ものでもありません。
 そのような経緯や事情は、一切資料に表れてはいないため、審決は、一見、自由心証主義に基づく「事実認定の結果」として導かれたものであるかのように見えます。

 しかし、「自由」心証主義は、「法定」証拠主義に対する概念であって、判断者の完全なる「自由」を保障する趣旨のものではないということを、今一度肝に銘ずべきです。
 その判断は、経験則や条理に適った、合理性を有するものでなければならず、通常人の感覚と乖離したものであってはならないこと、そして、事実を見る目が、中立公平な第三者のものでなければならないことは言うまでもないことです。
 しかし、審決や判決を通じて、自らに盾を突く者に対して報復・見せしめとするという“自由心証主義の濫用”は、現に行われています。このことは、周防監督の「それでもボクはやってない」にも描かれています。
審決・判決の場を借りて、私的な欝憤晴らしをする審判官・裁判官が、現に存在するのです。「必殺仕事人」に、天誅を加えてほしいものです。
法秩序の維持という役割の一端を担っている者には、法の抜け道を指南する“悪知恵”ではなく、物事のあるべき姿を実現するための真の知恵・知力と、それを支える職業倫理が求められることも、改めて強く認識させられた事件でした。

さて、この事件の結末はというと、

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