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ANTHROPOLOGIE(アンソロポロジー)事件

ANTHROPOLOGIE(アンソロポロジー)事件⑧

2010・11・17 ANTHROPOLOGIE事件の結末

 上記のとおり、知財高裁は、審決を取消し、訴訟費用は被告(B社)の負担とするとの判決を下しましたので、訴訟費用額確定処分を申立て、その結果、本件の訴訟費用は2件で7万8200円と決定されました。
 そこで、B社に対しその支払を請求したところ、思いの外、素直に振込んできました。かつての不使用取消審判と同じ轍を踏まないようにと、審決係属中に権利放棄する等という行為に出たことを考えると、今回は任意の支払はしないのではないか?と危惧していたため、ほっとする反面、やや拍子抜けの感もありました。もっとも、その金額を思えば、あえて拒否するまでもない程のものでした。
 

 問題は審判費用です。すなわち、審決取消判決の確定を受け、改めて、「本件商標登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」旨の審決がなされますから、これについても同様に、審判費用額の決定を請求することになります。
 その結果、2件で合計31万5000円と決定されました。
 そこで、その支払を求める催告書を2度送りましたが、今度は音沙汰がありません。これは、いよいよ強制執行をしなければならないようだと思われました。

 
 審判や裁判で如何に勝利しようとも、相手が任意に履行しなければ、審決や判決は、ただの「紙切れ」に過ぎません。
 それによって認められた権利を実現するには、また相当な労力を注ぎ込まなければならず、煩雑な手続を一つ一つ履践していくための、さらなる時間的・精神的・経済的負担を強いられます。
 まして、本件の場合、上記のとおり、現実に強制執行を行うには少額に過ぎますから、最小限の投資で確実に最大限のリターンを得られる方法を、と手続について調べつつも、どうにか正式な強制執行によらずに任意に支払わせられないものかと考えました。

 
 そこで、まずは正式な内容証明郵便を送付しました。某IT企業の元代表者に対する動産強制執行の話題がメディアを賑わせた件を引合いに出し、31万円のためにそのような事態となれば、会社の信用性に対する悪影響はきわめて大きいことを指摘し、これが強制執行前の最終警告であるとしました。
 すると、数日後、突然B社の担当者と名乗る者から電話がありました。「内容証明を見て、ご連絡しました。この件を担当していた者がいなくなり、自分が引継いだのですが、事情が把握できていません。ついては、内容証明に書かれている、特許庁の『審判の費用の額の決定』を送って頂けませんか。確認次第、すぐに対応しますから。」とのことでした。内容証明で警告するだけでもこれ程効果があるものかと思いつつ、求められた書類をすぐにファックス送信しました。当方としては、これまでの不履行も決して意図的なものではなく、即時且つ任意の履行があるものと信頼しました。

 
 ところが、なかなか振込はなされませんでした。
 

 月末が近かったため、月が替わるまでにはするであろうと待っていましたが、結局、2週間が経過しても、振込はなされないままでした。「あの電話も、結局”ハッタリ”に過ぎなかったのか。いよいよ、本当に強制執行か・・・。」と感じさせられました。
 が、その前に”ダメもと”で最後の一押しを、と微かな希望を持ってファックスを送信することとしました。「電話連絡は単なる引延し作戦であって貴社にはやはり誠意ある対応は期待し得ないということ、そして、強制執行してもらって構わないという意思表示がされたものと理解せざるを得ません。数日中に応答がなければ、そのように理解し、しかるべく対応致します。」と。

 
 すると、翌日に、ついに振込が確認できたのです。その真意は測りかねますが、兎にも角にもこれにて一件落着、となりました。この件、そしてB社には、長い間、そして最後の最後まで煩わされましたが、強制執行に踏出すまさに一歩手前、最小限の労力で最大限の効果が得られ、肩の荷が下りた瞬間でした。

 
 ところで、上記したように、内容証明の作成・送付と並行して、強制執行手続についての調査、準備も一応進めていました。

 
 「審判の費用の額の決定」については、特許法170条に「審判に関する費用の額についての確定した決定は、執行力のある債務名義と同一の効力を有する。」と規定されています。
 これにより、執行文付与の申立ては必要ないとしても、「確定した決定は」とある以上、現実に強制執行を申立てるには、確定証明、そして送達証明は必要であろうと思われました。
 そこで、特許庁審判部に問い合わせてみると、やはりそのような例は過去になかったようで、「何のことだか全く分からない」といった感じでした。
 説明すると、最終的には、「それは”情報公開”ということになりそうだが・・・」として、調べた後に折り返すとのことでした。「情報公開」とは何だか的外れな方向に向かいつつある・・・と感じつつも、とりあえず従う他ありません。

 
 そして、ようやくかかってきた電話で、「やはり情報公開の担当部署に問い合わせて下さい。」と。仕方なくそのとおりにすると、案の定ここでも話がなかなか通じず、「それは審判部に言った方が・・・」とおっしゃるので、「ああ、やはり”たらい回し”か。」と思いつつ、「審判部からこちらに問い合わせるように言われたので」と返しました。
 問答の末、ようやくどのような書類が必要かを何となく分かってもらうと、再び、「調べた後に折り返す」とのことでした。

 
 そして、返ってきた答えは、案の定のものでした。もっともらしい理屈を色々と並べていましたが、詳しい内容は覚えていません。
 要するに、「出せない」ということです。
 情報公開の対象となるのは「行政文書」であり、特許庁長官が証明できるような内容のものである必要があるが、確定証明や送達証明はそのような類のものではない云々と。
 「そりゃそうだ。」と突っ込みたい程でした。そんな話が聞きたくて、貴重な時間を使っているのではないのです。
 お役所・お役人というのは、どうしてこうなのでしょう。「できない理由」を探してきて、法令用語等を駆使してそれをもっともらしく説明することには長けている。「要するに、できない、ということですよね。」と途中で話を要約してしまいたい気持ちを抑えるのに必死でした。

 
 そのようなこともあり、また、強制執行よりも簡易な方法で、事実上の強制力によって権利を実現できればそれに越したことはないということで、まずは支払督促の申立を行いました。裁判所から督促状が行けば、通常は驚いて任意に履行することが期待できるため、煩雑な手続を要せずに紛争解決が図られる可能性が高いと考えたからです。また、仮に履行が得られなくても、送達証明等の請求先は裁判所になるため、特許庁との無益な押し問答を繰返さずに済みます。
 しかし、ここでも再び役所の壁が立ちはだかりました。

 
 支払督促は、裁判所書記官に対して申立て、書記官が発するものとされています。申立の数日後、担当書記官から連絡があり、例の特許法170条を持ち出して、「既に債務名義があるのですから、そちらで直接強制執行されたら如何ですか。」と。「しかし、強制執行より前に、事実上の強制力が期待できますから・・・」と言うと、遮る様に、「いや、支払督促は債務名義を得るためのものであり、債務名義が複数になってしまうことは許されませんから、却下せざるを得ません。取下げを検討して下さい。」とにべもない様子でした。

 
 しかし、調べてみたところ、裁判例として、「同一請求権について複数の債務名義が競合している場合であっても、先に成立した旧債務名義がその後に成立した新債務名義により当然に失効するものではなく、いずれの債務名義に基づく執行も執行法上適法である。」旨の高裁判決があることが分かりました。また逆に、「一つの請求権について複数の債務名義を取得することはできない」旨の明文規定は見当たりません。

 
 そこで、再度電話が来た際に、上記の裁判例のことを指摘すると、前回は、「論理的にあり得ない」かのような言い方でしたが、「なるほど。確かに、絶対に許されないというわけではありませんが・・・」と態度を軟化させつつも、「本件ではやはり特許庁の決定という債務名義が現にあり、それに基づいて執行できるわけですから・・・どうしてもとおっしゃるなら、争うことは可能ですが。」というわけです。
 しかし、書記官が却下されるべきものという姿勢を明確にしているものを争うとなれば、またそれなりの労力を注ぎ込まなければならなくなることは必至です。それでは、最小限の労力、簡易な方法で紛争解決を図るという目的は達せられません。已む無く取下げることとしました。そこで、微かな希望を抱いての、ファックスによる最後の一押し、そして一件落着となったわけです。

 
 それにしても、役所の感覚と世間一般の感覚とは、どうしてこうもずれているのでしょうか。
 支払督促に事実上の強制力があること、それによる事実上の紛争解決力に対する期待があることは、紛れもない事実です。これに対し、強制執行には煩雑な手続が要求され、現に、特許庁からは確定証明や送達証明が入手できないという不都合に直面していました。
 当事者が、現に、制度の利用を望んでおり、それによって最小限の労力、簡易な方法で紛争解決が図られる可能性があるのであるし、必要であれば異議申立てにより争う機会は与えられるのですから、無下に門前払いをすることはないはずです。
 公的諸制度は、本来、利用者、すなわち、国民・市民の便宜のためにあるものであり、支払督促制度は、特に、金銭債権の実現を助けるためのものであることを考えれば、そもそも入口のところで利用させまいとすることは如何にも不合理です。無論、その簡易さに乗じた支払督促制度の悪用事例も報じられていることから、それに対する警戒は必要ですが、本件の場合それとは次元の違う話です。むしろ、真の権利者でなくとも、形式的要件さえ充たせば支払督促が発せられ(故に、現に悪用事例が問題となっている)、本件のように正当な権利者であることが証拠上明白である者が利用を許されず権利の実現が遠のくという不合理な事態に至っているのです。

 
 国家権力、公的機関というものが、本来、誰の利益のために存在するのか、その運用に携わる者は、誰の便宜を考えて、一つ一つの決断をすべきものか、改めて考えて頂きたいとの思いを強くした一件でした。
 また、特許庁の審判で勝った人が審判費用の回収まですることは殆どないようであり、そのため、特許庁の職員すら、債務名義についての知識の持ち合わせがないということが判明し、日本人のお人好しぶりも良く分かりました。
 
 
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