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幻の最高裁判決!「曲率半径誤記事件」

幻の最高裁判決!「曲率半径誤記事件」④

上告受理申立理由第二点
法令の解釈に関する重要な事項(特許庁による行政処分と、裁判所における技術的範囲の認定との関係)

 

 一 原判決が右最高裁判所の判例を全く無視し、終始一貫、請求の範囲の文字に拘泥したのは、別件訴訟において訂正を無効とする処分が確定していることに既判力に類似する効力を認め、それに反する判断は許されないと考えているためであるが、ここには、特許庁による行政処分と、裁判所における技術的範囲の認定との関係について、根本的な誤解がある。以下、その理由を述べる。

 

 二 特許(実用新案登録)を付与し、明細書若しくは図面の訂正を認め又は特許(実用新案登録)を無効にする等の処分は行政処分であり、特許庁の専権に属する。一方、侵害訴訟において、特許(登録実用新案)の保護範囲(技術的範囲)を決定することは裁判所の専権に属する。右の両手続(前者は「出願系」、後者は「侵害系」と呼ばれる。)は、いずれも、特許請求の範囲(実用新案登録請求の範囲)の記載をめぐって争われるものであるにも拘らず、両者における解釈方法は根本的に異なる。何故なら、前者は特許(実用新案登録)適格の有無の判断という見地に立脚するのに対して、後者は特許(実用新案登録)に係る発明(考案)の技術的範囲の決定(すなわち、特許(実用新案登録)権者に発明(考案)の実施をする権利を専有せしめる範囲の認定)という見地に立脚するもので、両者は、大きく、その性格を異にするからである。

 

 三 従って、侵害問題を審理する裁判所が出願系の判断に拘束されるのは、右のように、特許(実用新案登録)を付与し、明細書若しくは図面の訂正を認め、又は特許(実用新案登録)を無効にする等の処分は特許庁の専権に属する、という限度においてのみであって、侵害訴訟において、特許(登録実用新案)の保護範囲(技術的範囲)を決定することは裁判所の本来の専権である以上、出願系の判断に拘束されることはない。

 

 四 別件訴訟では、訂正無効の審決の取消訴訟に東京高等裁判所と最高裁判所が関与しているが、そうであるからといって、その司法的判断が、侵害問題を審理する裁判所に対して、技術的範囲の認定に関して何らかの既判力(乃至先決問題としての拘束力)を持つというようなことはあり得ない。何故なら、このように裁判所が関与していても、それは特許庁による行政処分の適否が司法的に審査されたというだけのことで、特許庁と裁判所の右のような権限の配分に何の変わりもないからである。本件において、特許庁と裁判所の間の右のような権限の配分から出てくることは、本件では、一旦認められた訂正が無効とされたが故に、侵害問題を審理する裁判所は、本件考案の実用新案登録請求の範囲は訂正前のものであるとしなければならない、ということだけである。まさに、このことが別件訴訟の「既判力」なのである。審決取消訴訟における東京高裁は、特許庁の審決の判断の当否について審理することを委託され、必要な限度において判断を下すのであって、侵害系における発明(考案)の技術的範囲について審理することを委託されていないばかりでなく、その権限もない。

 

 五 なお、別件訴訟において、東京高裁は、問題の訂正は、実用新案法上、審判手続きですることが認められている「誤記の訂正」に当たらないとして、訂正を無効とする特許庁審決を支持したが、その理由として述べられたことは、「実用新案法一二六条一項二号の規定に基づき、明細書の実用新案登録請求の範囲又は考案の詳細な説明を、誤記を理由に訂正することが認められるためには、当業者において当該実用新案登録請求の範囲又は考案の詳細な説明をみた場合に明らかに誤記と認め得るものであることを要し、たとえ出願人の意図とは異なった記載がなされてしまった場合であっても、当該実用新案登録請求の範囲又は考案の詳細な説明の記載を字義どおりに解しても、当業者において、技術的意義を明確に理解でき、当該考案を実施できるときは誤記を理由に訂正することはできない」(傍線は代理人による。)というものであった。このような判断それ自体を見ても、これが侵害系における本件考案の技術的範囲の認定とは何の関係もないことは明らかである。

 

 六 要するに、別件訴訟において、東京高裁は、特許庁が訂正を無効としたことについて、「行政処分」としてはそれでよい、としただけのことである。このことは、私人間の工業所有権侵害をめぐる紛争は訂正審判のような「行政処分」によって最終的に決着が図られるのではなく、通常の民事裁判において決着が図られるべしとされていることを意味するものにほかならず、それが侵害系の裁判所の責務であるということになる。結局、本件考案の技術的範囲の認定に関しては、審決取消訴訟の東京高裁ではなく、侵害問題を審理する裁判所に委ねられているのである。(この法理が否定されるなら、実質的に憲法第三二条の裁判を受ける権利が否定されることになる。)

 

 七 従って、「曲率の小さな」を「曲率半径の小さな」と審判によって訂正することは認められない、との出願系での判断にも拘らず、侵害系において、「曲率半径の小さな」場合は本件考案の技術的範囲に属すると認定することは、侵害系の裁判所の本来の専権に属することである以上、何の問題もあるはずがない。既に決着済の問題を蒸し返しているのではないこともまた明らかである。

 

 八 なお、特許庁には、特許発明(登録実用新案)の技術的範囲に関して「判定」を求めることができるが、これはまさに特許発明(登録実用新案)の技術的範囲に関する特許庁の判断であるにも拘らず、侵害系の裁判所における技術的範囲の認定に何らの拘束力も及ぼすものでない。まして、訂正審判に関する特許庁の判断が侵害系の裁判所における技術的範囲の認定に何らの拘束力も及ぼすものでないことは、このこととの対比からも明らかであろう。
 さらに、「均等論」は、文言上、特許請求の範囲(実用新案登録請求の範囲)に包含されていない技術思想に特許(実用新案登録)の保護を及ぼすものであるが、仮に、特許請求の範囲(実用新案登録請求の範囲)に包含されていない技術思想を含むように請求の範囲を訂正することを特許庁に(審判)請求したら、却けられることは明白である。だからといって、侵害系の裁判所は、特許庁の判断を尊重して、均等論の適用を排斥するであろうか。するはずがない。訂正審判と技術的範囲の認定は、何の関係もないからである。そして、文言上、特許請求の範囲(実用新案登録請求の範囲)に包含されていない技術思想に特許(実用新案登録)の保護を及ぼすためには、先決問題として特許庁の訂正審判を経なければならないということもない。
 また、本件において、仮に、権利者が訂正審判を全く請求しないで侵害問題だけを裁判所に提起したとしたら、裁判所はどうしたであろうか。その場合、裁判所は、先決問題として、特許庁に訂正審判を請求すべしとして、技術的範囲の認定を回避することが許されるであろうか。そのようなことは許されない。裁判所は、訂正審判の有無に関係なく、技術的範囲の認定をしなければならない。仮に、侵害系の裁判所が、技術的範囲の認定は特許庁の訂正審判の成否に懸かっていると言うのなら、それは自らの職責を放棄することである。

 

 九 右の次第であるから、原判決は、本件における、特許庁がした行政処分と裁判所がなすべき技術的範囲の認定との関係について、根本的に誤った解釈の下に、本件訴訟は、既に訂正無効の審判事件で解決済みの事項の蒸し返しであるとして、技術的範囲の認定に関して実質的に判断を拒否しているのであるから、裁判所の本来の職責を放棄した許されざるものである。

 

 

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