お粗末明細書part9:特許第2939733号
お粗末明細書part9:特許第2939733号
摩擦締結具
お粗末明細書part8で、機械の分野の発明で、ついに、発明が実施不能という明細書に遭遇した、ということを書いたが、同時期に創出されたお粗末明細書がもうひとつ見付かった。
本特許に係る発明も、お粗末明細書part8と同様、「継ぎ手」に関するものである。すなわち、「少なくとも一組のテーパ面に作用する軸方向荷重により半径方向に締め付けられるもの」である。発明の名称は、相変わらず「摩擦締結具」であり、発明の名称からして不適切であるが、これについての異論は、お粗末明細書part8をご覧頂きたい。
さて、本特許に係る発明の内容であるが、従来は、外輪の形状が真円に近いために、サイドリングにボルトを締付け始めると、継ぎ手自体がくるくると回ってしまうという、いわゆる「共回り」が生じていた。本特許に係る発明は、この問題を解決するためになされたものである。
ここで、問題の明細書によると、上記の問題は、ボルトの締付け初期段階では、軸と内輪及び外輪とボスの内周面との間が十分に『加圧』されていないから起こるのだそうである。しかし、そもそも、ボルトを締付けていないのであるから、軸と内輪及び外輪とボスの内周面との間が加圧されていないのは当たり前である。こんな当たり前のことが解決すべき課題の原因であるとは考えられないし、後で出て来る「課題解決手段」と、全く対応していない。
従来のものの外輪の形状は真円に近かったから共回りが発生するので、外輪の形状を非真円にしました、というのが本発明の本質なのであるが、そもそも、そのことが正しく書かれていない。
この本質的特徴を表したとされる部分について、当初の請求項1では、「・・・摩擦締結具において、前記外輪の横断断面は周方向に亘って均一に構成されるが自由状態に於ける前記外輪の全体形状は非真円状態に湾曲されており、前記締付けボルトの非締付け状態において前記外輪の内周面が前記一対のサイドリングの外周面に対して周方向にて部分的に接触する構成とした摩擦締結具。」とされていた。なお、非締付け状態とは、ボルトの仮締状態も含むとされている。
上記当初の請求項1で、「前記外輪の横断断面は周方向に亘って均一に構成されるが」、とあるが、この種の継ぎ手の外輪の横断断面は周方向に亘って均一に構成されているので、当たり前のことを言っているだけである。しかも、最後の「が」という語は、普通、請求項には用いないものである。次に、「自由状態に於ける前記外輪の全体形状は非真円状態に湾曲されて」いるということであるが、現在の技術で、完全な真円の外輪を作ることは出来ない。切削加工でも真円に近づけることは出来るが、完全な真円にすることは出来ないので、「非真円」は従来技術を含む語である。最後に、「外輪の内周面が一対のサイドリングの外周面に対して周方向にて部分的に接触する」というのであるが、ボルトの仮締め状態において、外輪の内周面とサイドリングの外周面が部分的に接するのは当たり前である。従来の継ぎ手のボルトを仮締め状態にして、外輪とサイドリングの間を覗き込めば、所々に隙間が見えるのはすぐに分かることである。要は、当初の請求項1は、発明の肝心の特徴部分が、従来技術を含む語、当たり前のこと、によって表現されているだけなのである。
そこで、当然のことながら、拒絶理由通知がなされた。しかし、ご当人達は、上記の「従来技術を含む語」、「当たり前のこと」ということには気付いておらず、後述する請求項4以外について進歩性欠如が、そして請求項1,6について記載不備があるとされただけであった。請求項4は、「非真円状態が、扁平な円又はだ円であって、これの短径と一致する部分の一方に切断スリットが形成され、軸線方向の両側のテーパ面の最大径部の前記短径部に於ける直径がサイドリングの最小径部よりも大きく設定された」とされているものであり、これについては拒絶の理由を発見しないとされた。
ここで、請求項4について見てみると、「非真円状態が、扁平な円又はだ円であって、これの短径と一致する部分の一方に切断スリットが形成され、」という部分に問題は見当たらない。しかし、「軸線方向の両側のテーパ面の最大径部の前記短径部に於ける直径がサイドリングの最小径部よりも大きく設定された」という部分は、これがまた「当たり前のこと」なのである。テーパ嵌合する外輪とサイドリングにおいて、サイドリングの最小径部が外輪の最大径部よりも大きかったら、サイドリングを外輪に嵌めることが出来ないからである。
この拒絶理由通知に対し、特許出願人は、記載不備を解消するとともに、請求項4を当初の請求項1に合体させた。審査官はこれをすんなり通し、お粗末特許の一丁上がりとなった次第である。
このようにして生み出された請求項1については、特許公報を見ていただきたい。
既に説明したように、「従来技術を含む語」、「当たり前のこと」、によってそのほとんどが表現された請求項1の発明は、以下に説明するように、その構成だけでは、上記課題を解決するための作用・効果を奏することができない。要は、構成要件の記載が不十分なのであり、そのため、本特許発明の技術的範囲は、作用・効果の面から限定して解釈する必要がある。
結局のところ、肝心の、共回りの防止をするためには、少なくとも、サイドリングと外輪の短径部の内周、外輪の長径部の外周とボス、の両方が部分的に接している必要がある。まさに、このことこそ、本発明の狙いなのである。従って、本発明の技術的範囲は、そのような構成のものにしか及ばない。その結果、本発明は、締結具自体の発明ではなく、正しくは、ボスまで含めた「締結構造」の発明でなければならない。(そうすると、特許侵害はユーザー段階でしか分からないということになる。)ところが、ボスとの関係は、請求項2で初めて出て来て、そこでも、依然として、「締結具」と表現されているといういい加減さである。
余談ではあるが、明細書によれば、「扁平な円又はだ円の短径と一致する部分の一方に切断スリット(S)が形成され、軸線方向の両側のテーパ面の最大径部の前記短径部に於ける直径がサイドリング(3)(3)の最小径部よりも大きく設定され」たことにより、「切断スリットの部分の幅が拡大し易いから締結具をボス内に挿入する時に、短径がサイドリングによって押し広げられて拡大し易く、長径部がボスの内周面によって押し込まれたときに縮小し易いから、外輪が弾性変形し易い」とされている。しかし、サイドリングのボルトを締め、一対のサイドリングを相互に近づけることによって初めて外輪の短径部分は押し広げられるのであり、締結具をボス内に挿入する時に外輪の短径部分が押し広げられるはずがない。従って、この効果の記載は、何を言っているのか、理解不能である。
以上に述べたことは、全て、気付くのが難しいことではなく、技術内容を正しく理解すればすぐに分かることであるのに、審査官はこれら全てを看過してしまった。その結果、訳の分からない特許権を生み出してしまった。これで、審査したといえるのか?と疑問を感じざるを得ない。