お電話でのお問い合わせ

03-6268-8121

「守りたい人がいる」事件へのいちゃもん

『「守りたい人がいる」は商標』記事

 「守りたい、『ひと』がいる。」という表現を警察官募集のポスターに用いた埼玉県警が、そのポスター約2万枚を自主回収したことが2010年3月18日付けの読売新聞で報道されました。

 

その理由は、陸上自衛隊が商標「守りたい人がいる」について商標権を取得しており、その侵害に該当する可能性がある、というものです。

 

調べてみると、確かに、陸上自衛隊は、2件の商標権を有しています(商標登録第4489386号、第4491514号)。前者は「守りたい人がいる」という文字のみからなる商標、後者は「守りたい人がいる」という文字とシンボルマークの結合商標です。

 

しかし、この事件は、疑問だらけです。

 

疑問①
そもそも、自衛隊の主たる任務は、「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛すること」(自衛隊法3条1項)です。一方、商標は、事業者が自己の取り扱う商品・サービスを他人の商品・サービスと区別するために、その商品・サービスについて使用するマーク(標識)のことですから、自衛隊が、あたかも商人にでもなったかのように、商標登録をするということ自体、奇異に感じられます。

 

アメリカに 命あずけて 平和ぼけ

 

になっているのは国民だけではないようです。

 

疑問②
次に、キャッチコピーである「守りたい人がいる」が何故登録されたのかにも、疑問を抱かざるをえません。
商標審査基準にも、キャッチフレーズのような標語は、3条1項6号に該当するため、原則として登録を受けることができないと明記されています。
シンボルマークを併記した方はまだしも、文字のみの「守りたい人がいる」は識別力がないものとされ、本来であれば拒絶されるべきものが過誤登録されたとしか思えません。

 

疑問③
採用募集ポスターの真ん中に大きく「守りたい、『ひと』がいる。」と掲載することが、果たして、商標としての使用に当たるでしょうか。
ポパイ・アンダーシャツ事件(大阪地裁昭和51年2月24日判決)では、「・・・37条の法意は、単に同条に掲げる商標が同条に掲げる商品に表現せられているという形式のみ充足するだけでなく、実質的にも、その行為が『本来の商標』的使用行為であることを要すると解すべきである。・・・」と判示され、「POPEYE」または「ポパイ」の文字を付記した漫画ポパイの絵を胸部中央の殆ど全面に渡り大きく付したアンダーシャツの製造販売について、「当該行為は、客観的に見ても、商標の本質的機能である、自他商品の識別機能、商品の品質保証機能を有せず、その主観的意図からしても、商品の出所を表示する目的をもって表示されたものではない」として、商標権侵害を主張する原告の訴えを斥けています。他にも、商標的使用態様ではないことを理由に、商標権侵害を否定した判例として、清水次郎長事件(東京地裁昭和51年10月20日判決)、UNDER THE SUN 事件(東京地裁平成7年2月22日判決)等があります。

 

疑問④
最後は、ポスター回収についてです。
埼玉県警のポスターも、前述の判例と同様に考えればよいので、仮に商標権侵害といわれたら、「商標として使用しているのではないから商標権の侵害にはならない」と堂々と反論できたはずです。
県警は、「商標権や著作権を侵害しないかチェックできなかったのは遺憾」とコメントしていますが、むしろ、専門家に相談もせず、制作費等として約600万円の税金を投じたものを自己判断で安易に回収したことの方を反省すべきです。
もっとも、2年前に警察庁が同様のコピーを警察官採用広告に使用し、陸上自衛隊に謝罪した経緯がある、ということで、これに反する対応はできなかったのかもしれませんが、二度も使用されること自体、識別力のない商標であることを示している証拠と言えましょう。
現に、消防部門でも、警備会社でも、このようなキャッチフレーズの必要はあるはずなので、商標として登録されていること自体がおかしいというべきです。

 

最後に、時事川柳が、このことを、

 

商標に して守りたい ものがある

 

とちゃかしていましたが、おかしな先例を残したものと悔やまれます。

 

(2013・10・29付記)本件を別の観点から再度精査した結果、以下の結論に達しました。

 

①本件で商標権侵害がないことは明らかである。

 

②埼玉県警がポスター等の回収をしたことは法の無知によるもので、その結果、600万円の税金の無駄遣いをしたことの責任を負うべきである。

 

③埼玉県警も、陸上自衛隊も、商標法でいう「役務」としての「広告」の意味を理解していない。

 

④キャッチコピー自体に、著作権のような独占権があるかのように誤解しているらしい。

 

*    *    *

 

本件における商標権侵害の有無は、「第16類:パンフレット等、第35類:広告」の2区分が問題になります。

 

まず、第16類については、本件で使用されたポスター等は、商取引の対象になる「商品」ではないので、商標権侵害はあり得ません。(勿論、「商標」としての使用でないという主張も可能です。)

 

次に、第35類の「広告」については、ここでいう「役務」としての「広告」とは、「他人のために行う労務又は便益であって,独立して商取引の目的たりうべきもの」でなければならないので、埼玉県警が自分のために行う人材募集活動は、商標法にいう「広告」に該当しません。

 

よって、埼玉県警は、上記商標権を侵害していません。故に、埼玉県警が、上記商標権を侵害している可能性があるとしてポスター等を回収した行為は、法律の無知により、実体のないものに怯えて、判断を誤ったものということになります。指定商品、指定役務について検討した形跡がないので、多分、キャッチコピー自体に、著作権のような独占権があるかのように誤解しているのでしょう。商標権は、そんなに強大なものではありません。埼玉県民は、この税金の無駄遣いの責任を追及したらいかがでしょうか?

 

また、陸上自衛隊が、他人から注文を受けて、広告代理店のような営業をするはずがありませんから、第35類「広告」を指定役務にしているのは、法の無知の表れでしょう。不使用取消審判請求されたら、「使用」の立証はできないと思われます。)

 

 

TOPに戻る