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出願から訴訟まで テクノロジーをローで護る


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代表弁護士 木下 洋平

CEO

大学では機械工学を学び、その後、特許庁に約4年いたことで、特許庁審査官の考え方を身につけることができました。それから約2年間の弁理士を経て、弁護士に転身し、渉外法律事務所に約5年勤務したことは英米のロースクールに留学したようなもので、これらの約10年間の経験から、今の、技術、法律、英語という、この分野のプロとしての基礎が築かれたようです。それから、約30年間、この分野で仕事をしてきたことになります。

今では、世界約50ヶ国と取引があり、技術・経済のグローバル化を実感しています。5月には、コロンビアの代理人が来所したので、発展著しい、同国の近況を詳しく聞くことができました。

毎朝、朝一で実施しているミーティングは、情報・経験の交換の場になっていて、相乗効果を生み出しています。特許侵害事件等においても、衆知を集めて議論すると、いい方向が見えて来ます。

依頼者との関係は、単に代書屋になるのではなく、発明・考案等が生まれて来る段階から参画するのがいい成果を生むようです。外国会社の日本特許に惚れ込み、その買取を希望していた或る会社から相談を受けたとき、特許製品を良く観察した結果、解決すべき課題がまだあることに気づき、これらの点を解決した新商品が開発できればもっといい商品になり、特許を取ることもできますとアドバイスしたところ、見事に新商品の開発に成功した例があります。今では、その会社の主力商品となり、外国から特許ライセンスの申込みを受けるまでになっています。

今後とも、世界を視野に置きつつ、知財の分野で、お役に立って行きたいと念願しております。

                                         (2014・7・28)


代表弁護士 木下 洋平  略歴

昭和41年(1966年)
京都大学工学部機械工学科卒業。大学院進学。
昭和42年(1967年)
大学院を中退し、特許庁入庁。審査第三部一般機械に配属され、制御機器の審査に従事。
昭和44年(1969年)
弁理士試験合格。
昭和45年(1970年)
特許庁辞職。
昭和46年(1971年)
弁理士登録。特許庁時代の審査長が主宰する特許事務所に入所。
昭和47年(1972年)
司法試験合格。
昭和50年(1975年)
司法修習を経て、弁護士登録。アンダーソン・毛利・ラビノウィッツ法律事務所に入所。
昭和55年(1980年)
アンダーソン・毛利・ラビノウィッツ法律事務所を辞し、特許事務所に復帰。
平成 7年(1995年)
テックロー特許法律事務所を設立。
平成10年(1998年)
「ボールスプライン事件」の最高裁判決を得る。

代表の独り言

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